きょうあめ

今日は雨だが、それは明日やむかもしれない。

幸せになれないうつ病の中に、実は些細な幸せが隠れている。

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幸せになれないうつ病の中の幸せ。

 

こんにちわん!ぬんです!

 

ずっと考えていることなんだけど、うつ病になってしまって幸せだと感じるアンテナみたいなものが折られてしまったような気がしています。

 

日々の生活がただただ苦しかったり、

気分がよくなっても体の不調が良くならず、気分が沈んだり、

社会復帰を焦り続け、テレビも本も罪のように感じて集中できなかったり、

一人で何もできない自分が家族のお荷物になっているように感じたり。

 

病気になって以来そんな状態なので、普通の生活を楽しめなくって、楽しむことが罪に感じてしまっています。

 

同じ病気でも人によって症状は様々だけれど、同じように感じてゆっくり気を休めて休養できない人も多いんじゃないかなぁと思っています。

 

でも、最近気付いたんです。

 

病気でも、病気だからこそ、感じられる幸せがあるということに。

 

病気だからこそ感じられる幸せ

 

もちろん、病気になんか、うつ病になんかならずに一生健康で生きられるならそれに越したことはないし、皆そう願っているだろう。

 

しかし、現実問題そううまくはいかなくって、病気になって、立ち止まらなければならないこともあるかもしれない。

 

僕もその一人で、予想だにしなかったところで突然病気が発症し、学校に行けなくなり、寝たきりになって。

 

自分の体の弱さを憎んだこともあったし、もう全てを投げ出したくなったこともあった。

 

けれど、僕がどんなに落ち込んでいても、号泣していても、そばで話を聞いてくれる家族がいた。突然実家に帰ってきて動けなくなっている僕を見ても、そのあるがままを受け入れてくれた。病気のことを僕よりもずっと勉強してくれた。

 

病気が長期化しているのに、

「いつか治るから」

と信じて、見捨てないでいてくれる恋人がいた。彼女は、仕事で忙しいのに、気分転換になるならと長期で泊まらせてくれる。

 

病気になって、

「なんて不幸なんだ」

と思うのは当然。

 

でもたとえ、うつ病の症状として、幸せアンテナが壊れてしまっているのも、自分の置かれている状況は最低最悪では決してない。

 

看病をしてくれる家族がいる、回復を信じて待ってくれる恋人がいる。

 

これって、当たり前に感じているけれど、全然当然じゃないんだよね。

 

そのことに気付いた。

 

それこそが、病気にならないと気付けなかった幸せ。

それを形作ってくれる、家族と恋人には本当に感謝しかありません。

 

これまで突っ走った人生の休憩地点だと思って、そんな彼らと一緒に過ごせる時間を大切にしたい。

 

実は病気にならなければ、こんなに長い時間一緒に過ごすことができなかったかもしれないもんね。

 

でもね、絶対病気を治したいんだ。

そして、恩返しをしたい。ありがとうってちゃんと言いたい。元気な姿を見せたい。

 

そう願って、今日も生きている。

病気に負けないように。

 

この記事はこれでおわりです!

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